螺 旋
D主人の背格好は、S主人とよく似ている。
アシンメトリに左眼にかかる前髪と、黒縁の眼鏡とが、判別の簡易材料、S主人との記号的差異である。
遺伝生物学の書物に眼を通していたD主人は、書架からまた別の書籍を抜き取ると、
深々と椅子に沈み込んでいるM-02に寄り添った。
そうして頁を繰りながら、絵本を読み聞かせるように語り始めた。
時たま僕の出入りする温室にも、真鍮製の螺旋階段がありましてね。それは二階の天井から吊るされているので、昇降の際、硝子の室内に、錆びたブランコのような軋みを立てて揺れるんです。
そして規則的な渦を描く螺旋を眺めていると、そのうち、それがまるで、呼吸をする生物のように思えてくるんです。
螺旋の造形は、無機的であると同時に有機的。視点をスイッチすると、まるでネガとポジが反転する騙し絵のように、相反する二つの要素が混在しているのです。
これは、世界中の螺旋階段を収めた写真集です。どの頁の写真も素敵ですけれど、僕がとりわけ魅了されるのは、ほら、いつも決まって、この頁です。大きなホールに設えた、幅の広い、石造りの螺旋階段。
階段の最上部から下を見下ろすこの写真の構図は、見る者の視線が、必ず手前から中央−−つまり、螺旋の終点から起点へ向かって墜ちて行くようにできています。
その為、視線の落下に伴う身体の墜落感が惹起され、浮遊感と眩暈に重なるのは、甘美なユータナジーの幻想−−。
嗚呼、けれど貴方には、こんなこと、きっと嫌な事件を思い出させてしまうだけですね。
貴方の左眼は、右眼を忠実に模した硝子玉。それは光に透かさなくては判らぬほど微かな紫色の虹彩まで、そっくり同じ、模造品。ですから、こうして眺めていると、一体どちらがより綺麗な眼玉だろう?−−などと、ついつい交互に見比べずにはいられないのです。けれども、こうしてまじまじと覗いて見れば見る程、その判断は困難になるばかり。
只、右と左の眼には、一つ、ミクロの次元で大きく違う点があります。
それは、左眼には無い、右眼に潜む二重螺旋−−四つの塩基記号から成る、遺伝子の糸。
その配列によるプログラムで身体細胞を形成する遺伝子は、我々生物の支配者的存在です。
遺伝子プログラムが形成する我々の脳髄。これなくしては、我々は思考や感情を持たない、ロボットも同然です。
かの生物学者は、我々を遺伝子の生存機械であると形容したほど。
只、貴方の場合、この頭蓋の中に有るのは、脳の形状をした擬似脳−−所謂、人工知能です。
この人工知能は、天然の脳髄とは異なり、ごく簡素なプログラム脳です。
しかし、些か不可解なことに、貴方には、本来そこにプログラムされた以上の情動の変化が認められ、またリセットした筈の記憶までが、不完全ながらも残存している……
一体これは、どういうことでしょう?
おそらく、それは唯一貴方の右眼に残された遺伝子細胞の仕業であるとしか、今の僕には考え及ばないのです。
臓器移植による記憶転移の例もあるくらいですから、細胞そのものに記憶の機能が備わっていると仮定したとて、さほど不自然もないでしょう。
ええ、勿論、それが立証できれば、遺伝生物学的見地からの輪廻転生の説明だって可能でしょうとも。
……嗚呼、けれども、残念。あともう少しで、交代の時間が来てしまいます。ですから、このお話の続きは、また明日。
あぁ、あぁ(欠伸)。さて、今日もお疲れ様。僕はお先に失礼しますよ。貴方も今夜は、もうそろそろ、おやすみなさい。
さあ、眸を閉じて。
[暗転]
眼の前には、二つの扉があります。どちらの扉の奥にも、地下へ続く螺旋階段が、闇の中に白く浮かんでいます。
けれども、右の階段を降りれば、そこには必ず、誰かしら居るのです。
その部屋の住人に用件でもない限り、まず僕は、右の扉を開けることはないでしょう。
他人と退屈に過ごす無為な時間ほど、我慢ならないものはないのです。
さあ、ですから、やはり今夜も、左の扉を開けましょう。
螺旋を下降する。
闇を旋回しながら、眼を閉じて微笑う。
僕は無限の闇を落下します。
キ.
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